見て見ぬふり

 

私の母親は喫煙者だ。

父親はそれを知らず、これは長年私と母親だけの秘密だった。小さい頃は母親の秘密を守ってあげたいと子どもながらに思っていた。それに、一番近い存在がやっていることだったからか、タバコ=悪 と言う認識も無かった。でも成長と共に秘密を共有していることや、母が隠れてタバコを吸っていることに違和感を感じた。

 

ある時母が禁煙外来に通い、しばらくタバコを吸わなかった。きっかけは何だったか覚えていない。でもその時、私はとても嬉しかった。

 

程なくして母はタバコを再び吸い始めた。家にあるはずの無い携帯用の灰皿とライターを見つけてしまい、気づいたのだった。私はショックで呆然とした。

試しに母に「もうタバコ吸ってないよね?」と聞いてみた。母は「うん、吸ってないよ」ととぼけた顔で即答した。分かっていたけど、彼女に禁煙は無理だと思った。

 

最近母は風呂場でタバコを吸っている。直接目の当たりにした訳ではないが、頻繁に風呂場に篭る。数分で出てきた後、飴を舐め、何事も無かったかのように振る舞う。当然非喫煙者の私にとってはかなり匂う。風呂場にはほぼ匂いは残らないが、暖房をつけると本当に臭い。

 

黙っておこうかと悩んだが、先日浴槽に吸い殻が残っていた。はらわたが煮え繰り返る思いだった。何故急に怒りが込み上げたのかと言うと、私の子どもが関わっているからだった。私の子どもは最近浴槽を舐める。母が風呂場でどんな風にタバコを吸っているのかは知らないけれど、子供が浴槽を舐めることは知っているはずなのだ。

孫のことは心底可愛がってくれるけれど、己の欲望の為に孫が危険に遭うかもしれないという意識が無くなっていることに腹が立った。同時に、即座に喫煙を止めなかった自分にも苛立った。

 

今日、意を決して母に伝えた。外で吸ってくれ、子どもを守りきれない、と。母は落ち着いた様子で聞き入れ、理解してもらえた。

 

言い終えた後、肩の荷が下りた。見て見ぬふりはとても辛く苦しかった。言ってしまえば、家庭が壊れる気がしていたのだ。

ただそれは違った。このまま母に喫煙を許していた方が、家庭崩壊を招いていたと思う。

 

自分でもよく分からないけれど、ここに書き残しておきたいと思う出来事だった。私にとってはものすごく、頑張ったことだった。